討論型世論調査の意義と概要

討論型世論調査とは

討論型世論調査(deliberative poll: DP)とは、通常の世論調査とは異なり、1回限りの表面的な意見を調べる世論調査だけではなく、討論のための資料や専門家から十分な情報提供を受け、小グループと全体会議でじっくりと討論した後に、再度、調査を行って意見や態度の変化を見るという社会実験です。
スタンフォード大学のフィシュキン(James S. Fishkin)教授とテキサス大学のラスキン(Robert C. Luskin)准教授が考案したもので、1994年に英国で最初の実験が行われました。すでに20年以上の歴史をもち、18以上の国・地域で、70回以上行われています(同一テーマを異なる市で行った複数のDPを含む)。

討論型世論調査の意義

一般的に、人々は、通常、日々の生活で考えるべきことが多すぎて、公共的な政策課題に対して、十分な情報をもてない状態になりがちです。したがって、公共的な政策課題に対して、意見や態度を決めかねることも多いです(これは、決していけないことではなくて、経済学者から見れば、合理的なことだとされています)。
公共政策をめぐっては、人々が、十分な情報を持ち合わせず意見や態度を決めかねるという問題を克服するために企図されたものが、討論型世論調査です。また、十分な情報に基づき他者と討論を行うと、人々の意見や選好はどのように変化する(あるいは、変化しない)のか、このような問いに実証的に答えようとする試みであるともいえます。
無作為抽出で選ばれた参加者による討論フォーラムは、いわば「社会の縮図(microcosm)」であり、十分な情報に基づきそこで行われる議論は、公共政策を考えるうえで、非常に参考になるものであるといえるでしょう。

討論型世論調査の構造

討論型世論調査の構成
討論型世論調査は、通常の世論調査と討論フォーラムの2つから構成されます。まず、議題に関して、母集団(例えば、国全体を対象とする討論型世論調査であれば、国民全員)を無作為抽出して(例えば、全国の有権者3,000人を対象として)、世論調査を行います。
ここまでは、通常の世論調査と何ら変わりがありません。討論型世論調査が通常の世論調査と異なる点は、これ以降の過程です。
世論調査に回答した者で討論フォーラムに参加の意思を表明した人の中から、討論フォーラムの参加者を(例えば、約300人を)選びます。参加者には、議題についての情報を必要かつ簡潔にまとめた討論資料を事前に送付し、討論フォーラムまでにお読みいただくようお願いします。この討論資料は、争点をめぐる対立する複数の見解を簡潔に要約し、それぞれの論拠や基礎的資料等を示したうえで公平に紹介されるように、その議題についての複数の専門家からのアドバイスを受けます。
そして、討論フォーラムの参加者には、週末の3日間(金・土・日)、一か所の会場にお集まりいただきます。討論フォーラムでは、最初に、議題についてのアンケート調査を行います。続いて、実験の趣旨を理解し十分に訓練されたモデレータの司会の下で、15ないし20人程度の小グループに分かれて議論を行います(小グループ討論)。
その後、議題に詳しい専門家や政策担当者に質疑する場を設けます(英国やオーストラリアなどでは大臣や野党の政治家、アメリカ合衆国では大統領候補者がそれぞれ参加したこともあります)。この小グループ討論と全体会議を(例えば、3回)繰り返します。最後に、最初に行ったものとほぼ同内容のアンケート調査を行います。
2回のアンケートの回答内容の変化から、討論過程の前後で参加者の意見がいかに変化したのか(あるいは、しなかったのか)を調査します。

討論型世論調査で扱われる議題

諸外国で行われた討論型世論調査で扱われたテーマは、さまざまです。広く公共政策に関する問題のうち、一般に、論争的なものが扱われています。その一部を紹介します。

  • ・ 治安と犯罪(1994 年、英国)
  • ・ エネルギー政策(1996年から99年まで 、米国テキサス州)
  • ・ 総選挙(1997 年、英国、2004 年、全米オンライン方式)
  • ・ 共和制移行をめぐる国民投票(1999年、オーストラリア)
  • ・ 国民健康保険制度(1998 年、英国)
  • ・ ユーロへの通貨統合をめぐる国民投票(2000年、デンマーク)
  • ・ 地域経済(2002 年、米国コネチカット州)
  • ・ イラク開戦(2003年、米国)
  • ・ 大統領選挙(2004 年、全米オンライン方式)
  • ・ ロマ民族対策(2005年に、ハンガリー、ブルガリア)
  • ・ ヨーロッパの未来(2007年、EU全域)
  • ・ 移民政策(2007年、イタリア)
  • ・ 住宅政策(2008 年、米国カリフォルニア州)

より詳しくは、スタンフォード大学のこれまでの世界の討論型世論調査の紹介のページをご覧ください。

討論型世論調査の特徴

討論型世論調査は、母集団を統計学的に代表するように参加者をサンプリングして選定するので、積極的な参加希望者だけではなく、投票にあまり参加しない若年層などを含むことができ、「社会の縮図」(microcosm)を構成することができます。
また、討論型世論調査では、議題とする公共政策の諸問題について、専門家の知見などの情報が整理されて示されたうえで、討論を行う場が形成されるので、参加者は問題について表面的な理解ではなく、長期的な視点に立った十分に熟慮された意見を示すことができるようになることが、すでに、諸外国の実験結果からも明らかになっています。

おすすめの参考文献